歯科助手にどこまで任せてよいか。この線は、院内の慣習ではなく法律で引かれています。しかも「歯科助手」という言葉は、歯科医師法にも歯科衛生士法にも出てきません。この記事では、e-Govで読める条文だけを根拠に、任せてよい仕事と任せてはいけない仕事の境目を並べます。条文で言えないところは、言えないと書きます。
「歯科助手」という資格は、条文に出てきません
この記事で読んだのは、歯科医師法・歯科衛生士法・歯科技工士法・診療放射線技師法の全文です。この四本を通して探しても、「歯科助手」という語は一度も出てきませんでした。この四本の中に、歯科助手の免許や業務の範囲を定めた規定もありません。つまり、免許に守られた仕事の範囲が、そもそも無いということです。
ここが出発点です。法律の側から見ると、歯科助手はその免許を持っていない人です。ですから、歯科助手に何ができるか、という問いの立て方では答えが出ません。免許を持つ人しかしてはいけない、と条文に書かれている行為に当たるかどうかで決まります。以下、その行為を条文の順に並べます。
いちばん外側の線 ── 歯科医業そのもの
歯科医師法 第17条は「歯科医師でなければ、歯科医業をなしてはならない」と定めています。罰は同法 第29条で、3年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金、その両方を科されることもあります。歯科医師やそれに似た名称を使っていた場合は、罰金の上限が200万円に上がります。
条文はここまでしか書いていません。どの行為が歯科医業に当たるかの一覧は、条文の中にはありません。ですので、この記事でも一覧は作りません。代わりに、個別の法律が名指しで囲っている行為を見ていきます。名指しされているものは、迷わずに線が引けます。
予防処置の線 ── 歯石を取る、薬を塗る
歯科衛生士法 第2条第1項は、歯科衛生士を、厚生労働大臣の免許を受けて、歯科医師の指導の下に、歯と口の疾患の予防処置を業として行う者と定めています。そこに挙げられているのは、歯の露出面と正常な歯ぐきの遊離縁の下に付いた付着物・沈着物を機械的な操作で取り除くこと、そして歯と口に薬物を塗ることです。
同法 第13条は、歯科衛生士でなければこの業をしてはならないと定めています(歯科医師法に基づいて行う場合は別です)。違反したときは同法 第14条で、1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金、併科もあり得ます。歯石除去とフッ化物の塗布は、歯科助手の仕事にはできません。ここは解釈の余地が小さい、はっきりした線です。
診療の補助にも、条件がついています
同じ歯科衛生士法 第2条第2項で、歯科衛生士は歯科診療の補助を業として行えると定められています。ただし無条件ではありません。第13条の2は、主治の歯科医師の指示があった場合を除いて、診療機械を使うこと、医薬品を与えること、医薬品について指示をすること、その他 歯科医師が行うのでなければ衛生上の危害が生じるおそれのある行為を禁じています。例外は臨時応急の手当だけです。違反は同法 第18条で、6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金です。
読み替えると、こうなります。免許を持っている歯科衛生士ですら、指示がなければ触れない範囲がある。その範囲を、免許を持たない人に任せられるはずがありません。衛生士がやっているから助手でも、と考えが向いたときは、まずこの条文に戻ってください。
技工の線 ── 作る側にも、口の中にも線があります
歯科技工士法 第2条は、歯科技工を、特定の人の歯科医療に使う補てつ物・充てん物・矯正装置を作り、修理し、加工することと定義しています。歯科医師が診療中の患者のために自ら行うものは、この定義から外れます。そのうえで 第17条第1項が、歯科医師か歯科技工士でなければ業として歯科技工を行えないと定め、第28条で1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金(併科あり)としています。
この法律には、もう一本の線があります。第20条です。歯科技工士であっても、印象採得や咬合採得、試適、装着といった、歯科医師が行うのでなければ衛生上の危害が生じるおそれのある行為をしてはならない、と書かれています。免許を持つ技工士でも、患者の口の中では手を出せない。この線の内側に、歯科助手が入る余地はありません。
書類の側の決まりもあります。第18条は、歯科医師の指示書によらなければ業として歯科技工を行ってはならないと定めています(院内で、患者を担当する歯科医師の直接の指示によって行う場合は別です)。第19条では、その指示書を歯科技工が終わった日から2年間 保存する義務が、病院・診療所・歯科技工所の管理者に課されています。保存の義務は、技工士ではなく管理者側にあります。院内の保管を助手に任せている医院は、責任の所在だけ確認しておいてください。
エックス線撮影の線
診療放射線技師法 第2条第2項は、診療放射線技師を、厚生労働大臣の免許を受けて、医師または歯科医師の指示の下に、放射線を人体に照射することを業とする者と定めています。この照射には撮影が含まれると、条文の中に書かれています。放射線にエックス線が含まれることも、同条第1項に挙げられています。
そして 第24条が、医師・歯科医師・診療放射線技師でなければこの業をしてはならないと定め、第31条で1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金(併科あり)としています。診療放射線技師法 第24条により、デンタルでもパノラマでも、エックス線撮影を業として担当できるのは、医師・歯科医師・診療放射線技師の三者だけです。歯科助手に撮影を任せることはできません。
呼び名にも、条文の線があります
行為とは別に、名称にも条文があります。歯科衛生士法 第13条の7は、歯科衛生士でない者が、歯科衛生士またはこれに紛らわしい名称を使うことを禁じています。罰は同法 第20条で、30万円以下の罰金です。
院内で歯科助手を「衛生士さん」と呼ぶ。名札やホームページのスタッフ紹介で区別しない。求人票で職種をあいまいに書く。行為の線とは別に、呼び名の線が引かれています。行為は正しくても、呼び名だけで引っかかることがあり得ます。名札と求人票は、今日のうちに見直せる場所です。求人票の書き方そのものは、歯科衛生士が採用できない、求人票のどこを直すかにまとめています。
迷う場面を、条文に当てはめる
| 院内で迷う場面 | 当たる条文 | 条文から言えること |
|---|---|---|
| 歯石を取る | 歯科衛生士法 第2条第1項・第13条 | 歯科衛生士の業。助手には任せられない |
| フッ化物を塗る | 歯科衛生士法 第2条第1項・第13条 | 同じく歯科衛生士の業 |
| エックス線撮影 | 診療放射線技師法 第2条第2項・第24条 | 医師・歯科医師・診療放射線技師に限られる |
| 印象や咬合の採得、装着 | 歯科技工士法 第20条 | 歯科技工士であっても禁じられている |
| 補てつ物や矯正装置を作る・直す | 歯科技工士法 第2条・第17条 | 歯科医師か歯科技工士の業 |
| 「衛生士さん」と呼ぶ・名札に書く | 歯科衛生士法 第13条の7 | 紛らわしい名称は使えない |
| 器具を渡す、バキュームを持つ | — | この四本の条文に、名指しで禁じる規定は見当たらない |
条文で決まらないことは、条文では決まりません
ここまでで線が引けるのは、条文が名指ししている行為だけです。次のことは、今回 読んだ範囲では決まりませんでした。決まらないものを、この記事で決めたように書くわけにはいきません。
- どこからが歯科医業に当たるのか。歯科医師法にその一覧はありません
- 「業として」をどう数えるのか。一度だけ手伝った場合の扱いは、条文からは読み取れません
- 模型づくりや石膏の注入が歯科技工に当たるのか。歯科技工士法 第2条は、補てつ物・充てん物・矯正装置を作り、修理し、加工することと書いているだけで、その前の工程までは書いていません
- 個別の処置ごとの可否。条文ではなく、行政の通知や指導で運用されている部分があります
このあたりで判断が要るときは、都道府県の担当窓口や、顧問の弁護士・社会保険労務士に確認してください。この記事が保証できるのは、条文にそう書いてある、というところまでです。逆に言えば、条文が名指ししている行為については、今日その場で院内の決まりにできます。まずはそこからだと思います。
参考にした情報源
- デジタル庁 e-Gov法令検索 歯科医師法(昭和二十三年法律第二百二号) ── 第17条・第29条
- デジタル庁 e-Gov法令検索 歯科衛生士法(昭和二十三年法律第二百四号) ── 第2条・第13条・第13条の2・第13条の7・第14条・第18条・第20条
- デジタル庁 e-Gov法令検索 歯科技工士法(昭和三十年法律第百六十八号) ── 第2条・第17条・第18条・第19条・第20条・第28条
- デジタル庁 e-Gov法令検索 診療放射線技師法(昭和二十六年法律第二百二十六号) ── 第2条・第24条・第31条
上のリンク先は、デジタル庁が運営する e-Gov法令検索の条文ページです。この記事に書いたことは、そこに表示される条文と一つずつ突き合わせられます。条文は改正で変わります。最終確認は、そのときの原文でお願いします。
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