スタッフの給料を「近隣の相場を見て」決めていると、上げるときも据え置くときも、理由を言葉にできません。法律の側には、何を勘案して賃金を決めるのかが、具体的な言葉で書かれています。相場より先にそこを土台にすると、決め方そのものを本人に説明できるようになります。この記事は、その条文を並べます。
下限だけは、医院が決める話ではありません
最低賃金法 第4条 第1項は、使用者に対し、最低賃金の適用を受ける労働者へ、その最低賃金額以上の賃金を支払う義務を課しています。ここまでは知られていますが、効くのは次の第2項です。
最低賃金額に達しない賃金を定めた労働契約は、その部分については無効になります。そして無効になった部分は、最低賃金と同様の定めをしたものとみなされます。最低賃金法 第4条 第2項により、契約書に書いた金額のほうが消え、最低賃金の額に置き換わります。気づかずに下回っていた場合、契約がそのまま残るのではなく、差額が発生している状態になります。
その最低賃金がどう決まるかも、同じ法律に書かれています。第9条 第2項は、地域別最低賃金を、その地域における労働者の生計費と賃金、そして通常の事業の賃金支払能力を考慮して定めることとしています。医院の側の事情ではなく、地域の事情から決まるということです。毎年 動くものとして、改定の時期を予定に入れておく形になります。
手当を足しても、下限の判定には入らないものがあります
同じ第4条の第3項は、最低賃金の判定に算入しない賃金を、号に分けて挙げています。ひとつ目は、支払の周期が一月をこえるもののうち、厚生労働省令が指定した賃金。ふたつ目は、通常の労働時間や労働日に対する賃金ではないもののうち、やはり省令が指定した賃金。そして三つ目が、その最低賃金自身が算入しないと定めた賃金です。
読みにくい書き方ですが、医院に引き寄せると意味は単純です。基本給を据え置いたまま手当を厚くしても、その手当が算入されないものであれば、下限の判定は変わりません。どの手当が算入されるかは省令に委ねられているので、手当の名前を見て自分で判断せず、労働局や社会保険労務士に当ててから決める順番になります。
パートの賃金は、何を勘案するかが条文にあります
歯科医院では、受付や歯科衛生士に短時間勤務の方がいることが少なくありません。この場合に効いてくるのが、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律です。
同法 第10条は、賃金を決めるときに勘案する事項を書いています。大きなくくりとして置かれているのは「就業の実態に関する事項」で、その例として条文が挙げているのが、職務の内容、職務の成果、意欲、能力、経験です。通常の労働者との均衡を考慮しつつ、これらを勘案して賃金を決定するように努めるものとする、という書き方になっています。通勤手当など、厚生労働省令で定めるものは、ここでいう賃金から除かれます。
ここで大事なのは、条文の語尾です。第10条は「努めるものとする」と書かれた努力義務であって、この基準で決めなければ違法になる、という条文ではありません。ただ、何を見て決めるかに迷っている医院にとっては、そのまま使える項目の一覧です。職務の内容、職務の成果、意欲、能力、経験。この5つを紙に書いて、一人ずつ当てはめるだけでも、決め方は形になります。
正職員との差は、待遇ごとに説明できる形にしておく
努力義務ではない条文も、同じ法律にあります。第8条です。禁じているのは、通常の労働者との間に、不合理と認められる相違を設けること。比べる単位は、基本給、賞与、そのほかの待遇のそれぞれです。何を考慮するかについて条文が置いているのは「事情」という大きなくくりで、職務の内容や、職務の内容と配置がどこまで変わるかという範囲は、その例として挙げられています。そのうち、その待遇の性質と目的に照らして適切と認められるものを考慮する、という組み立てになっています。
注目したいのは「それぞれについて」という部分です。給与の総額で釣り合っていればよい、という条文にはなっていません。基本給は基本給、賞与は賞与として見る形です。院内で手当を整理するときは、その手当が何のためのものかを、手当ごとに書いておくことになります。
さらに第9条は、範囲を絞ったうえで、差別的取扱いそのものを禁じています。対象になるのは、職務の内容が通常の労働者と同じで、なおかつ、雇用関係が終わるまでの全期間を通して、職務の内容と配置の変わりうる範囲も同じだと見込まれる人です。第9条が当てはまるのは、職務の内容と、変更の範囲の両方が同じ場合です。どちらか一方が同じというだけでは、この条文の対象になりません。
決め方を、紙に落とす
ここからは条文の外側です。以下は、上に並べた条文から逆算して、院内で決めておく項目として当社が整理したものです。条文がこの順番を求めているわけではありません。
- 職種ごとに、任せている仕事を書き出す ── 歯科衛生士、歯科助手、受付で、実際にやっていることを分けて書く。ここが曖昧だと、第8条でいう職務の内容の比較ができません
- 手当ごとに、何のための手当かを書く ── 通勤のためか、資格に対してか、特定の業務に対してか
- 昇給を見る時期を決める ── いつ、誰が、何を見て決めるか。年に一度でも、決まっていることが本人に伝わるかどうかで意味が変わります
- 最低賃金の改定に合わせた確認日を、予定表に入れる ── 改定のたびに、下限を割っている人がいないかを確かめる
- 短時間勤務の方と正職員で違う待遇を、一覧にする ── 違いがあること自体ではなく、その違いを説明できるかどうかが問われる形になっています
決めた給料を求人票に書くときに明示しておく項目は、歯科衛生士が採用できない、求人票のどこを直すかの記事で扱っています。
まとめ ── 相場より先に、条文の項目を使う
最低賃金法は下限を決め、下回った部分は最低賃金の額に置き換わるとしています。短時間・有期雇用労働者について、賃金を決めるときに勘案する事項は条文に例が並んでおり、正職員との待遇の差は、待遇ごとに見る形になっています。相場を調べるのはそのあとでも遅くありません。先に決めておきたいのは、何を見て決めるかという基準のほうです。
参考にした情報源
- デジタル庁 e-Gov法令検索 最低賃金法(昭和三十四年法律第百三十七号) ── 第4条、第9条
- デジタル庁 e-Gov法令検索 短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(平成五年法律第七十六号) ── 第8条、第9条、第10条
- デジタル庁 e-Gov法令検索 労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)
上のリンク先は、デジタル庁が運営する e-Gov法令検索の条文ページです。条文は改正で変わり、最低賃金の額は毎年 改定されます。個別の当てはめは、所轄の労働基準監督署や社会保険労務士にご確認ください。
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