待合室に 患者向けの Wi-Fi を出している医院は、その電波に業務用の端末もつないでいないかを一度 確かめる価値があります。厚生労働省のガイドラインは、無線LANの使い方と、ネットワークを分けることを、別々の箇所で求めています。この記事は、その2つを並べます。
この話の出どころは、第7.0版です
参照するのは 医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第7.0版 システム運用編(厚生労働省)です。概説編によれば、このガイドラインは平成17年3月に初版が策定され、その後 何度か改定されてきました。第7.0版は、根拠法にサイバーセキュリティ基本法を加え、保守委託機関編を新しく設けた版です。
検索で上位に出てくるのが古い版のことがあります。引く前に、表紙の版数を見ること。ここで扱うのは 第7.0版 のシステム運用編です。
もうひとつ、土台になる条文があります。個人情報の保護に関する法律 第23条は、個人情報取扱事業者に対し、取り扱う個人データの漏えい・滅失・毀損の防止その他の安全管理のために、必要かつ適切な措置を講ずることを義務づけています。第24条は従業者の監督、第25条は委託先の監督です。同法 第23条がいう「必要かつ適切な措置」の中身を、医療の分野で具体化したものが、このガイドラインです。
無線LANについて、4つの対策が並んでいます
システム運用編の遵守事項 ⑬ は、医療情報システムで無線LANを利用する場合に実施する対策として、4つを挙げています。
- (1) 使ってよい相手を絞る ── 例として挙がっているのは ANY接続拒否 などです
- (2) 不正アクセスへの手当てをする ── 電子証明書、IPアドレス、MACアドレスによる制限が例です
- (3) 通信を暗号化する ── 情報を勝手に取られないためで、方式としては WPA2-EAP や WPA3 が挙げられています
- (4) 電波の性質まで見て機器を選ぶ ── 通信の邪魔にならないものを使うこと、という書き方です
ただし (2) には、そのまま受け取らないための注意が添えてあります。理由として挙げられているのは2つで、いまのモバイル端末はプライバシー保護のためにMACアドレスをランダムに変える機能を標準で積んでいること、そしてMACアドレスは詐称ができることです。同ガイドラインは、この方式の効果は限定的だから留意が必要だ、という立て方をしています。設定した本人がいちばん安心してしまう種類の対策だ、ということでもあります。
13.4「無線LANの利用における対策」には、鍵の配り方の話が出てきます。暗号化するなら鍵そのものを安全に管理すること、という前置きのあとで、WPA2-PSK のような事前入手方式が名指しされています。理由は、使う人みんなが1つの鍵を共有する形になるため、鍵が外に出るおそれが大きいこと。同ガイドラインは、この方式について「利用を避けること」と書いています。
ここが、待合室の Wi-Fi と直接つながります。院内に貼り出した1つのパスワードを全員で共有する形は、まさに事前入手方式です。患者に配る鍵と、業務の端末が使う鍵が同じであれば、渡した人数ぶんだけ鍵が外に出ていることになります。
「分ける」は、別の箇所に書かれています
ネットワークを分けることは、無線LANの節ではなく、非常時を想定した通常時の対策のところに出てきます。同システム運用編 第11章 の遵守事項 ①(5) が、論理的または物理的に構成を分離したネットワークを整備することを挙げています。何のためかも同じ号に書かれていて、サイバー攻撃を受けたときに被害が広がるのを防ぐ、という観点です。
その前後の号も、同じ構えです。①(4) が求めているのは、マルウェアが入り込んだ場合に備えた代替手段で、関係先への連絡のしかたや、紙に戻して回す運用が例として挙がっています。①(6) は重要なファイルの話で、数世代ぶんを複数の方式で持ち、そのうち一部はマルウェアの影響が届かない手段で管理し、あわせて元に戻す手順まで用意しておくこと、という内容です。この3つが並んでいる場所は、攻撃を防ぐ章ではなく、非常時に備える章です。
11.1 の本文も、同じ組み合わせを通常時からの技術的な検討事項として挙げています。ネットワークの構成分割、バックアップまわり、そして非常時用に確保しておく機器やシステムです。続く表11-1 では、想定される原因が災害・サイバー攻撃・システム障害の3つに分けてあり、構成分割はサイバー攻撃の行に入っています。
オープンなネットワークと、セキュアなネットワーク
13.1 は、言葉の整理にあてられています。ネットワークの安全性を見るときの軸を2つ置いていて、1つは接続先が限定されているかどうか、もう1つは経路が管理されているかどうかです。この2軸で、管理のされていないものをオープンなネットワーク、接続先が限定されているか経路が管理されているものをセキュアなネットワークと呼び分けています。
医療情報システムの利用については、同ガイドラインは「原則として『セキュアなネットワーク』を用いること」と書いています。ただし、同じ箇所には、同様の安全性を確保する途中経過としてオープンなネットワークを用いる場合についての記述も続いています。読むときは、そこまで含めて読むことになります。
私物の端末をつなぐ話も、同じ編にあります
モバイル端末の節には、BYOD についての記述があります。理由として挙げられているのは、マルウェアや設定の甘いソフトウェアを経由して、外から勝手に入られる事態も考えられる、という点です。そのうえで同ガイドラインは、管理されていない端末については、BYODを「許可してはならない」と書いています。導入する場合についても、管理者が費用と使い勝手とリスクを量ったうえで検討すること、とされています。
スタッフの私物のスマートフォンを業務用の電波につないでいる医院は、ここを読んでおくことになります。
誰がやるのか、という問題
このガイドラインの遵守事項は、システム運用担当者を主語にして書かれています。歯科医院では、その役の人を置いていないことがあります。ガイドラインの側には、専任を置けない場合の書き方も用意されていて、その場合は、システムの調子に異常が出たときに事業者のほうから速やかに連絡が来る体制を作ること、とされています。
つまり、担当者がいないことを前提にした書き方が、ガイドラインの側に用意されています。同ガイドラインは、担当者を置けない場合について、連絡を受けられる体制を設けることを求めています。置けないことと、何もしないことは、同じではないという形です。
今日、院内で確かめられること
以下は、上に引いた箇所から当社が整理した確認の順番です。ガイドラインがこの順序を定めているわけではなく、これですべてでもありません。
- 院内に電波はいくつ飛んでいるか ── 名前(SSID)の数を数える
- その電波に、レセコンや電子カルテの端末がつながっていないか
- 患者に渡しているパスワードを、業務の端末も使っていないか
- 暗号化の方式は何か ── WPA2-EAP、WPA3 などが挙げられています
- スタッフの私物の端末が、どの電波につながっているか
- 止まったとき・おかしいときに、どの業者へ何時までに連絡するかが決まっているか
まとめ ── 分けるのは、広がりを止めるため
無線LANについて挙げられているのは、利用者の制限、不正アクセス対策、WPA2-EAPやWPA3などによる暗号化、電波特性への配慮の4つ。鍵を全員で共有する事前入手方式は、避けることとされています。ネットワークの構成分離は、サイバー攻撃の被害が広がるのを止める対策として、別の章に置かれています。電波を分けるという作業は、機械の設定を変える作業ではなく、入られたときに何が残るかを決める作業です。設定そのものは業者に頼めます。決めることのほうは、医院に残ります。
参考にした情報源
- 厚生労働省 医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第7.0版 システム運用編(PDF) ── 第11章、第12章、第13章
- デジタル庁 e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律(平成十五年法律第五十七号) ── 第23条、第24条、第25条
この記事は、ガイドラインのうち無線LANとネットワークの構成に関わる箇所を抜き出して並べたものです。認証・認可、ログ、保守委託、クラウドの利用については、それぞれ別の章と別の編に定めがあります。ガイドラインは改定されます。実際に設定を変える前に、最新版の本文と、導入している事業者にご確認ください。
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