歯科医院には、たいてい事務長がいません。院長が診療の合間に、発注も、給与も、労務の書類も自分でやっています。この記事では、その、院長が抱えている仕事を7つに分けて、どれが法律で決まっているものなのかを、条文と統計で確かめます。人を雇う話は最後です。まず、何が残っているのかを見えるようにします。
歯科医院の4分の3は、個人立です
厚生労働省の医療施設調査によると、令和5年10月1日現在、全国の歯科診療所は66,818施設です。前年から937施設 減っています。開設者別にみると、歯科診療所は「個人」が49,522施設(歯科診療所総数の74.1%)ともっとも多くなっています。前年と比べると、歯科診療所は「医療法人」が436施設 増え、「個人」が1,374施設 減っています。
| 項目 | 数 |
|---|---|
| 歯科診療所(施設数) | 66,818施設 |
| うち「個人」 | 49,522施設(74.1%) |
| 歯科医師(常勤換算) | 101,187.9人 |
| 歯科衛生士(常勤換算) | 134,110.3人 |
| 歯科技工士(常勤換算) | 8,750.4人 |
歯科医師の常勤換算101,187.9人に対して、歯科診療所は66,818施設あります。1施設あたりの人数は、厚生労働省が公表しているわけではないので、ここでは書きません。この表から読み取れるのは、歯科診療所が小さな組織の集まりだということです。
なお、歯科診療所の「事務職員」が何人いるかは、この結果の概要には出ていません。職種別の記述に挙がっているのは歯科医師・歯科衛生士・歯科技工士です。事務の担い手が全国に何人いるのかを、私たちは公的な数字で確かめられていません。確かめられていないので、ここでは書きません。
院長が抱えている7つの仕事
以下の7つは、思いつきで並べたものではありません。①〜⑥は、法律や省令で「やらなければならない」と書かれているものです。誰がやるかは医院の自由ですが、やらない自由はありません。⑦だけは法定ではありませんが、毎日あります。
① 管理者としての仕事(医療法 第10条)
医療法 第10条第1項は、歯科医業を行う診療所について、臨床研修等修了歯科医師に管理させることを、開設者の義務として定めています。管理者は、歯科医師でなければなりません。つまり管理そのものは、事務長を雇っても院長の手から離れません。離れるのは、管理のために必要な「手を動かす部分」だけです。ここを取り違えると、人を入れても結局ラクにならなかった、となります。
② 医療安全のための指針づくりと研修(医療法 第6条の12)
医療法 第6条の12は、病院等の管理者に対し、厚生労働省令の定めにしたがって、医療安全を確かなものにするための手立てを講じるよう求めています。その例として条文が挙げているのが、指針をつくることと、働く人に研修を行うことです。指針は作って終わりではなく、研修という「日付のつく行事」が毎年ついてきます。誰が案内を出し、誰が出欠を残すのか。ここが決まっていない医院は少なくありません。
③ 時間外労働の取り決め(労働基準法 第36条)
いわゆる36(サブロク)協定です。労働基準法 第36条は、労働者の過半数を代表する者などとの書面による協定を結び、行政官庁に届け出た場合に、法定の労働時間を超えて労働させることができる、としています。締結と届出は毎年めぐってきます。過半数代表者の選び方も含めて、手順が要ります。
④ 年次有給休暇を、年5日 使わせる(労働基準法 第39条第7項)
労働基準法 第39条第7項は、年10労働日以上の年次有給休暇が与えられる労働者について、そのうち5日は、基準日から1年以内の期間に、いつ取るかを使用者が労働者ごとに決めて、取らせる必要があります。申請が出てこないので消化されていません、は理由になりません。誰が、いつ基準日を迎えて、いま何日 取れているのかを、人数分ずっと追いかける仕事がここで発生します。
⑤ 賃金台帳と、5年間の保存(労働基準法 第108条・第109条)
第108条は、事業場ごとに賃金台帳をつくり、賃金の計算のもとになる事柄や金額などを、支払いのたびに遅れずに書き入れることを、使用者に求めています。第109条は、労働者名簿や賃金台帳、それに雇入れ・解雇・災害補償・賃金にかかわる大事な書類を、5年間 とっておくよう求めています。毎月の作業と、数年分をなくさない置き場所。両方が要ります。
⑥ スタッフの健康診断(労働安全衛生法 第66条)
労働安全衛生法 第66条第1項は、厚生労働省令の定めにしたがって、医師による健康診断を働く人に行うことを、事業者の義務としています。日程を決め、案内し、受けていない人に声をかけ、結果を預かる。誰の仕事か決まっていないと、いちばん最後に院長のところへ来ます。預かった結果を院長がどこまで見てよいかは、スタッフの健診結果の扱いを整理した記事で、指針から並べています。
⑦ 発注・在庫と、お金の流れ(法定ではありませんが、毎日あります)
中央社会保険医療協議会の医療経済実態調査(第25回)によると、歯科診療所(医療法人)の令和6年度の構成比率は、医業・介護収益に占める給与費が49.1%、歯科材料費が7.1%、医薬品費が0.9%、委託費が9.4%です。収益の半分以上が、人と物に出ていきます。その出ていく側を、誰が毎日 見ているか、という話です。このうち材料のほうを、仕入単価から確かめる話は歯科材料の発注の記事に書いています。
出典:厚生労働省・中央社会保険医療協議会「第25回医療経済実態調査の概要(令和7年11月26日版)」の各収益・費用項目の構成比率と伸び率の④(歯科診療所の表)より、■歯科診療所(医療法人)の欄。
「事務長を雇えばいい」と言いたいところですが
ここで相場を書ければ話は早いのですが、歯科医院の事務長の給与がいくらなのかを、私たちは数えていません。公的な統計でも見つけられていません。だから書きません。「一般的には◯万円」と書くことはできますが、それは私たちが確かめた数字ではありません。
代わりに、確かめられることを書きます。上の①〜⑦を見て分かるのは、これらが「能力の問題」ではなく「置き場所の問題」だということです。36協定の控えがどこにあるか。誰の有給が残り何日か。先月どの材料をいくらで買ったか。どれも、決まった場所に残っていれば、院長でなくても答えられます。残っていないと、院長にしか答えられません。事務長がいないことの本当のコストは、作業時間ではなく「院長にしか聞けない」状態が増え続けることです。院長以外の人に任せる場面のひとつが分院です。分院長に任せる範囲の記事では、条文で動かない部分と、取り決めで決める部分を分けています。
人を入れる前に、できること
- ①〜⑦のうち、いま院長の頭の中にしか無いものに印をつける。7つのうち何個かを、まず数える
- 印がついたものから、置き場所を1つ決める。紙のファイルでも構いません。「そこを見れば分かる」が先で、道具は後です
- 期限のあるもの(36協定・健康診断・有給の基準日)を、カレンダーに先に入れる。思い出す仕事を減らします
- そのうえで、人を入れるか道具を入れるかを決める。順番が逆だと、入った人も何をしていいか分かりません
この記事で挙げた条文は、すべてe-Gov法令検索で全文を確認できます。制度は変わります。実際の運用については、労務は社会保険労務士、税務は税理士など、それぞれの専門家にご確認ください。
参考にした情報源
- 厚生労働省「令和5年医療施設(静態・動態)調査 結果の概要」(施設数・開設者別・常勤換算従事者数)
- 厚生労働省・中央社会保険医療協議会「第25回医療経済実態調査の概要」(歯科診療所の費用構成比率)
- e-Gov法令検索「医療法」(第10条/第6条の12)
- e-Gov法令検索「労働基準法」(第36条/第39条第7項/第108条/第109条)
- e-Gov法令検索「労働安全衛生法」(第66条)
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