MS法人をつくるべきか ── 医院が1つのうちは、たいてい要りません

MS法人をつくるべきか ── 医院が1つのうちは、たいてい要りません

先に結論を書きます。医院が1つで、まだ医療法人にもしていない段階なら、MS法人はたいてい要りません。作れば毎年かかる固定費があり、国が見ている論点があり、そもそも、分けられる仕事がまだ無いからです。この記事では、その3つを、条文と告示の金額で確かめます。要る場合の条件も、最後に3つ書きます。

当社は歯科医院向けのWebアプリ「事務長AI」を作っていて、MS法人をお持ちの場合のプランも用意しています。つまり、MS法人が増えたほうが当社の売上は増えます。そのうえで、たいてい要りません、と書いています。

目次

そもそも「MS法人」という法律用語はありません

MS法人は、メディカル・サービス法人の略として使われている通称です。法令に定義があるわけではありません。実体は、株式会社や合同会社といったふつうの営利法人です。医院に関わる何らかの業務(たとえば建物や機器の賃貸、備品の仕入れ、事務の受託など)を担う会社を、医院とは別に持つ。その形を指して、そう呼んでいるだけです。

ここが出発点です。MS法人という制度に入るのではなく、会社を1つ作るだけです。だから、会社を作ると発生することは、そのまま全部かかってきます。

理由① 国が見ているのは「非営利性」です

医療法 第54条は、たった一文です。「医療法人は、剰余金の配当をしてはならない。」

そして厚生省(当時)が平成5年2月3日に出した医療機関の開設者の確認及び非営利性の確認についてという通知(総第5号・指第9号)が、開設許可の審査と、開設後に疑義が生じた場合の検査で何を確かめるかを並べています。歯科医院に関係が深いのは、次の3つです。

  • 剰余金の配分 運営のなかで生じた剰余金について、通知は「役職員や第三者に配分しないこと」を挙げています(第一 2(2))
  • 役職員の兼務 開設者である個人と管理者が、その医療機関と利害関係のある営利法人の役職員を兼ねている場合について、通知は「開設・経営に影響を与えることがないもの」であることを求めています(第一 1(2)③)
  • 賃料の決め方 医療機関が土地・建物・設備を第三者から借りるときの借料について、通知は「収入の一定割合とするものでないこと」を挙げています(第一 1(2)⑥ウ)

3つ目が、いちばん実務に効きます。MS法人の使い方としてよく語られるのが、MS法人が建物や機器を持ち、医院が賃料を払うという形ですが、その賃料を売上連動にすることは、この通知が名指しで否定しています。今月は売上が伸びたので賃料も多めに、という決め方は、ここに当たります。ここまでは、MS法人が貸す側に立つ場面の話です。医院がふつうの貸主から物件を借りるときに、賃貸借の契約書で先に確かめておくことは、歯科医院の物件、契約前に確かめることにまとめています。

2つ目の兼務についても、通知は、兼務していれば直ちに駄目、とは書いていません。通知が書いているのは、開設・経営に影響を与えていないこと、です。裏を返せば、影響を与えていないと説明できる状態が求められます。説明する相手は都道府県などの行政です。説明できる形を作って維持することが、そのままコストになります。

理由② 作れば、赤字でも毎年かかります

会社を1つ作ると、設立のときにかかるものと、毎年かかるものがあります。法令で決まっている金額だけを並べます。

いつ何にいくら(法令の定め)
設立時定款の認証(公証人手数料)資本金の額が100万円未満:3万円/100万円以上300万円未満:4万円/それ以外:5万円
設立時登録免許税(株式会社の設立登記)資本金の額の1000分の7(計算した税額が15万円に満たないときは1件につき15万円)
設立時登録免許税(合同会社の設立登記)資本金の額の1000分の7(計算した税額が6万円に満たないときは1件につき6万円)
毎年道府県民税の均等割(標準税率)資本金等の額が1000万円以下:年額2万円
毎年市町村民税の均等割(標準税率)資本金等の額が1000万円以下で従業者数の合計が50人以下:年額5万円
出典:公証人手数料令 第35条(定款の認証)/登録免許税法 別表第一 二十四号(一)イ・ハ/地方税法 第52条・第312条。いずれもe-Gov法令検索で全文を確認できます。

ここで押さえておきたいのは、下2行です。法人住民税の均等割は、もうけに関係なくかかります。資本金等の額が1000万円以下・従業者50人以下の会社なら、標準税率で 2万円 + 5万円 = 年7万円。この足し算は、上の表の標準税率を私たちが足したものです。均等割は標準税率を超える税率を定めることもできるため、実際の額はお住まいの自治体の条例で変わります。

そして、金額に表れないものがあります。決算と申告が、1年に1回 増えます。帳簿を分け、請求書を分け、通帳を分け、税理士と話す回数が増えます。税理士報酬がいくら増えるかは、医院ごとに違うので、私たちは数えていません。数えていないので書きません。ただ、増えないことはありません。

理由③ 医院が1つのうちは、分けられる仕事がまだありません

厚生労働省の医療施設調査によると、令和5年10月1日現在、歯科診療所66,818施設のうち「個人」が49,522施設(74.1%)です。個人立の歯科医院は、そもそも医療法人ではありません。医療法 第54条の配当禁止は、医療法人にかかる規定です。

つまり、個人立の段階では医療法人ではできないことを別の会社でやる、という出発点そのものが、まだ立っていません。個人立のまま続けるか、医療法人にするかの判断そのものは、医療法人にするかどうかの分かれ目の記事で条文から整理しています。

もうひとつ。MS法人に何かを移すというのは、実体のある業務と、その業務に見合う対価を移すということです。手を止めて、3つだけ考えてみてください。

  • その業務を、いま誰が、何時間やっていますか
  • その対価は、どう計算しましたか。外に頼んだらいくらかを調べましたか
  • その業務が行われたことを、あとから示す記録はどこに残りますか

この3つに答えられないなら、それは移す前の話です。中身が無いまま器だけ作ると、説明しなければならない場面で、説明する材料がありません。

では、いつ考えるのか ── 3つの条件

一生いらない、という話ではありません。私たちが、検討の入口だと考えているのは次の3つです。3つとも揃ったときです。1つでは足りません。

  1. すでに医療法人になっていて、医療法人のままではできない事業がある。医療法 第42条は、医療法人が本来の業務に支障のない限り行える業務を、「次に掲げる業務」として番号をふって並べています(医療関係者の養成又は再教育、保健衛生に関する業務、有料老人ホームの設置など)。並んでいないものは、そこに入っていません。はみ出す事業が実際に目の前にある場合です
  2. 分院や複数拠点があって、購買・総務がすでにまとまっている。発注を1つにまとめている実体が先にあり、それを法人にするかどうか、という順番です
  3. 移す業務の実体と、その対価の根拠を、第三者に説明できる。上の3つの問いに、今日 答えられる状態です

なお、具体的な税務の判断は、必ず顧問税理士にご相談ください。この記事は、条文と告示に書いてあることを並べたもので、個別の税額や可否を判定するものではありません。

先にやると、たいてい効くこと

  • 材料の仕入単価を、品目ごとに並べる。医療経済実態調査では、歯科診療所(医療法人)の令和6年度の歯科材料費は医業・介護収益の7.1%です。ここは毎月 出ていきます
  • いまの帳簿で、医院と自宅の線が引けているかを確かめる。会社を作っても、線が引けていない状態は引き継がれます
  • 院長にしか分からない仕事を、数える。会社を増やすと、院長にしか分からない仕事も増えます

参考にした情報源

院長の事務を、ひとつの画面に

発注・経理・勤怠・日報・レセプトの返戻・分院の数字を、ひとつの画面にまとめた歯科医院向けWebアプリ「事務長AI」を、当社で開発・運営しています。歯科経営全体のご相談は、歯科経営支援のページにまとめています。

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この記事を書いた人

近藤 宏海のアバター 近藤 宏海 代表取締役

近藤 宏海(こんどう ひろみ)/株式会社ガラパゴスワークス 代表取締役。歯科医院の開業から日々の運営まで、事務の現場を担ってきました。自社で歯科医院向けのWebアプリ「事務長AI」と、歯科医師向けアプリ「シカノバ」を開発・運営しています。

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