ハラスメントについての相談窓口を置くことは、医院の規模にかかわらず事業主の義務です。ところが小さな医院では、相談を受けられる立場の人が院長しかいない、ということが起こります。相談したい相手が院長自身だったら、その窓口は機能しません。厚生労働省の指針は、窓口の置き方の例に、外部の機関への委託も挙げています。この記事は、ハラスメントの定義ではなく、窓口を「誰に、どう」置くかを、経営の側から並べます。
窓口は、決めて知らせるところまでが義務
労働施策総合推進法第31条第1項(令和8年10月1日の改正で、それまでの第30条の2から番号が移りました)は、優越的な関係を背景にした言動で、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによって、雇っているスタッフの働く環境が損なわれないようにすることを事業主に求めています。そのために講じなければならないとされているのが、相談に応じ、適切に対応するための体制の整備その他の、雇用管理の上で必要な措置です。
その中身を定めているのが、同じ条の第3項に基づくパワーハラスメントの指針(令和2年厚生労働省告示第5号)です。この記事では、令和8年10月1日から適用される版を読んでいます。指針の4(2)は、講じる措置の1つとして、相談の窓口を前もって決め、スタッフに知らせることを挙げています。そのうえで、窓口を決めていると認められる例を3つ示しています。
- 相談を受ける担当者を、前もって決めておく
- 相談を受けるための制度を設ける
- 相談への対応を、外部の機関に委託する
窓口を決めるだけでなく、スタッフに知らせるところまでが措置です。「何かあったら院長に」と口で言ってあるだけでは、どこが窓口かを後から示せません。担当の名前と連絡の方法を、書いたもので渡しておくのが確かです。
院長が窓口を兼ねるときの、難しさ
同じ法律の第32条第3項は、事業主(法人であればその役員)に、自らも優越的な言動の問題への関心と理解を深め、働く人に向けた自分の言動に注意するよう努めることを求めています。指針の5も、事業主が行うのが望ましい取組の対象として、雇っている労働者だけでなく、事業主(法人ならその役員)が行うパワーハラスメントの防止を挙げています。
ここからは筆者の読み方です。法律と指針は、事業主の側が言動をする場面を最初から想定しています。院長ひとりが窓口を兼ねている医院では、院長の言動についての相談は、院長本人に持ち込むしかありません。窓口を1人に集めるほど、その1人に関する相談の行き場が無くなります。担当を複数にする(院長のほかに、たとえば主任の衛生士)、院長以外の担当を決める、外部の機関に委託する、といった形で、行き場を2つ以上にしておく考え方があります。どの形にするかは、医院の人数と、任せられる人がいるかで変わります。
窓口の担当者に求められていること
指針は、窓口の担当者が、中身や状況に合わせてきちんと対応できるようにしておくことも、事業主の措置に含めています。被害を受けた人が萎縮して相談をためらうことも踏まえて、実際に起きた場合だけでなく、起きるおそれがある場合や、当たるかどうか微妙な場合も広く相談に応じるように、としています。担当者が適切に対応できると認められる例として、指針は次の3つを挙げています。
- 相談を受けたら、担当者と人事の部門が連携できる仕組みにする
- 留意点を書いたマニュアルを前もって作り、それに沿って対応する
- 担当者に、相談を受けたときの対応の研修をする
ここからは筆者の読み方です。小さな医院に「人事の部門」はありません。院長以外の人を担当にするなら、担当が相談を受けたあと、誰に、どこまで伝えてよいかを先に決めておくことが、この連携にあたります。マニュアルは長いものでなくても、受けたときに聞くこと、記録の残し方、本人の同意なしに伝えない範囲の3つが書いてあれば、担当が1人で抱え込まずに済みます。
相談を受けたあとに、続くこと
指針の4(3)は、相談の申出があったあとの対応として、次の措置を義務としています。
- 何があったかを、すばやく、正確に確かめる 例として、相談者と行為者の双方から聴く。主張が食い違って確かめきれなければ、第三者からも聴く。それでも難しければ、法第37条の調停を申請するなど、中立な第三者機関に紛争の処理を委ねる
- 事実が確かめられたら、被害を受けた人への配慮の措置を行う 例として、関係を改めるための手助け、被害を受けた人と行為者を離す配置の変更、行為者からの謝罪、労働条件で受けた不利益を元に戻すことなど
- 事実が確かめられたら、行為者への措置を行う 例として、就業規則などの定めに基づく懲戒その他の措置
- 再発防止の措置を講じる 方針をあらためて周知するなど。事実が確かめられなかった場合も、同じように講じる
行為者が院長自身だった場合、1から3までを院長が自分で進めることになります。ここからは筆者の読み方です。外部の機関に窓口を委託するかどうかは、窓口の入口だけでなく、この事実確認の段を誰が担えるかで考えるほうが実際的です。委託するなら、どこまでを委託先が行い、どこからを医院が引き取るのかを、契約の段階で決めておきます。
あわせて講じる2つ ── 秘密と、不利益な扱いの禁止
指針の4(4)は、ここまでの措置と一緒に、相談した人や行為者のプライバシーを守る措置をとり、守っていることをスタッフに知らせるよう求めています。守るべきプライバシーには、性的指向やジェンダーアイデンティティ、病歴、不妊治療といった機微な個人情報も入る、と明記しています。
もう1つは不利益な取扱いの禁止です。労働施策総合推進法第31条第2項によると、事業主は、労働者が相談をしたことや、相談への対応に協力して事実を述べたことを理由に、その労働者を解雇したり、その他の不利益な取扱いをしたりしてはなりません。指針は、このことを就業規則などに書き、スタッフに知らせて理解を促すことも、一緒に講じる措置に挙げています。
ここからは筆者の読み方です。人数の少ない医院では、いつ誰が席を外したかだけで、相談したことが周りに分かってしまう場面があります。担当者を決めるときに、相談を受けた場所や時間を院内でどう扱うかまで決めておくと、この2つを実際に守れる形になります。
窓口は、1つにまとめるのが望ましいとされている
指針の5(1)は、パワーハラスメントは、セクハラや、妊娠・出産、育児休業などをめぐるハラスメントと重なって起きることもあるとして、たとえばセクハラなどの窓口と一体で置き、まとめて相談を受けられる体制にするのが望ましい、としています。例として挙げているのは、受けられる相談の中にセクハラなども書いておくこと、1つの窓口が両方を兼ねることです。
医院の外の窓口も、スタッフに知らせておけます。厚生労働省のハラスメントの案内ページは、勤め先が対応してくれないときや、外で相談したいときの先として、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)や総合労働相談コーナーを案内しています。お客さまからの著しい迷惑行為(カスタマーハラスメント)への対策は、当社が運営する事務長AIのブログの歯科医院のカスハラ対策、令和8年10月1日から義務にまとめています。
窓口を見直すときに、院内で決めること
- いまの窓口が誰かを、書いたもので確かめる。書いたものが無ければ、そこから始めます
- 院長の言動について相談するとき、どこへ持ち込めるかを見る。行き場が院長1人なら、担当を増やすか、外部への委託を検討します
- 外部に委託するなら、事実確認のどこまでを任せるかを決める。医院が引き取る段を、契約に書きます
- 担当者向けの短いマニュアルを作る。聞くこと、記録の残し方、伝えてよい範囲です
- 相談を理由に不利益に扱わないことを、就業規則などに書いて知らせる。プライバシーを守る仕組みも一緒に知らせます
- セクハラなども同じ窓口で受けると書いておく。外の窓口(労働局など)も並べて知らせます
どれも院長の手元で並べられることです。そのうえで、個別の事案の判断や規程の文面は専門家の領域です。当社はハラスメントの事実認定や労務の判断をしません。顧問の社会保険労務士や弁護士、都道府県労働局に確かめてください。
決めた窓口と方針をお知らせとしてスタッフに届け、担当者向けのマニュアルや研修の記録を院内に残す。そうした院内の決まりごとをまとめる道具として、当社は事務長AIを作っています。
参考にした情報源
- デジタル庁 e-Gov法令検索 労働施策総合推進法(昭和四十一年法律第百三十二号) ── 第31条、第32条、第37条(令和7年法律第63号による改正後。令和8年10月1日から、それまでの第30条の2・第30条の3・第30条の6がこの番号に移りました)
- 厚生労働省 パワーハラスメントの防止についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号・令和8年10月1日適用) ── 4(2)〜(4)、5(1)
- 厚生労働省 職場におけるハラスメントの防止のために ── 社外の相談先の案内
※ この記事は、上に挙げた資料を当社が確認した時点の記載だけをもとに書いています。法令も指針も改正されます。最終確認は、そのときの原文でお願いします。個別の事案の当てはめは、都道府県労働局または専門家にご確認ください。
院長の事務を、ひとつの画面に
発注・経理・勤怠・日報・レセプトの返戻・分院の数字を、ひとつの画面にまとめた歯科医院向けWebアプリ「事務長AI」を、当社で開発・運営しています。歯科経営全体のご相談は、歯科経営支援のページにまとめています。
