分院を出すとき、院長が最後まで迷うのは「分院長にどこまで任せるか」です。ただ、任せる範囲を話し合う前に、先に確かめておきたいことがあります。医療法と歯科医師法は、分院の管理者に対して直接いくつかの義務を置いています。この部分は、院長と分院長の取り決めでは動きません。条文を先に並べたうえで、取り決めで決める範囲を整理します。
分院にも、管理者を置くことになります
この記事で読んだのは、医療法と歯科医師法です。医療法 第10条 第1項は、歯科医業をなす診療所について、開設者が誰にそこを管理させるかを決めています。任せる相手は、臨床研修等修了歯科医師です。分院も診療所ですから、分院にも管理者が要ります。管理者を置くかどうかは、経営判断ではなく条文が決めている部分です。
ここでいう臨床研修等修了歯科医師がどういう人かは、歯科医師法の側にあります。同法 第16条の2 第1項が、診療に従事しようとする歯科医師に 1年以上の臨床研修を義務づけており、研修先も同項で限られています。修了しただけで終わりではなく、第16条の4 第1項により、申請して歯科医籍へ登録されて初めて記録に残ります。分院長の候補を考えるとき、この登録まで済んでいるかが最初の確認事項になります。
なお、届出の期限も決まっています。医療法 第8条が置いている期限は、開設後 10日以内です。届け出る先は、所在地の都道府県知事です。開設日から前へ数える期限ではなく、開設してから走り出す期限だという点に注意が要ります。
院長が2つの診療所を管理することは、原則として想定されていません
医療法 第12条 第1項が置いているのは、開設者が管理者になれる立場なら、自分でそこを管理する、という原則です。そのうえで、ただし書が一つだけ道を開けています。所在地の都道府県知事の許可があれば、他の人に管理させることができます。つまり開設者が歯科医師であるなら、他の人に任せるには許可という手続きを通る形になっています。
同条 第2項は、そこから一歩 踏み込みます。診療所を管理する歯科医師は、ほかの病院・診療所・助産所を管理しない者でなければならない、というのが原則です。例外は、条文が挙げる号のいずれかに当たるものとして、所在地の都道府県知事の許可を受けたときに限られます。号に当たるかどうかと、許可を受けているかどうかは、別々に確かめる点です。号は地域の事情や施設の性質に応じて置かれており、最後の号は厚生労働省令に委ねられています。自院の分院がどれかに当たるかは、条文と省令を実際に当てて確かめることになります。
この条文の並びから分かるのは、分院を出すという判断が、そのまま「分院の管理者を誰にするか」という手続きの判断につながっているということです。人選の話を、開設の届出と別の時間軸で進めると、届出の段階で決まっていないことが出てきます。分院の場所を借りるときは、物件の契約前に確かめることも、同じ時間軸に入ってきます。
従業者の監督は、管理者に直接かかっています
医療法 第15条 第1項が診療所の管理者に求めているのは、二つです。一つは、そこで働く従業者を監督すること。もう一つは、その診療所の管理と運営について必要な注意をすること。どちらも、法律が管理者に課した責務を果たせるようにするためのものだ、と条文は位置づけています。監督の相手として条文が名前を挙げているのは従業者で、医師・歯科医師・薬剤師はその例として書かれています。この監督は、分院の管理者という立場そのものに付いてきます。院長が「スタッフの管理は本院で見る」と決めても、条文の側の義務が分院長から移るわけではありません。
ここは、実務の設計に跳ね返る部分です。監督と必要な注意を求められている人が、シフト、勤怠、日報、在庫といった院内の情報を見られない状態に置かれていると、義務だけがあって材料が無いことになります。分院長に何を任せるかを決めるとき、権限の話より先に、見られる情報の範囲を決める順番になります。在庫と発注を数字で見る話は、歯科材料の発注、いくら漏れているかにまとめています。
管理者が誰かは、院内に掲示されます
医療法 第14条の2 第1項は、厚生労働省令の定めるところにより、いくつかの事項を院内の見やすい場所へ掲示することを管理者に求めています。その一号目が、管理者の氏名です。診療に従事する歯科医師の氏名や、診療日と診療時間も、続く号に並んでいます。管理者が誰かは、掲示という形で患者にも見える情報だということです。分院長を交代させるときは、掲示の書き換えまで含めて段取りに入れておく点になります。
診療録の保存も、管理者の義務として書かれています
歯科医師法 第23条 第1項は、診療をした歯科医師に、診療の内容を遅滞なく診療録へ書き残す義務を課しています。続く第2項が、分院の設計に効いてきます。同項は、診療録を保存する人を二手に分けました。診療所に勤務する歯科医師がした診療のぶんは、その診療所の管理者が。それ以外の診療のぶんは、その歯科医師が。どちらも、5年間 保存しなければならない、と条文に書かれています。
分院で勤務する歯科医師が書いた診療録の保存は、分院の管理者の義務だということです。本院のサーバーやクラウドで一括して持つ運用そのものを条文が禁じているわけではありませんが、その場合でも保存の義務を負っているのが誰かは変わりません。分院長が、保存されている状態を自分で確かめられるかどうかを、運用を決める段階で見ておくことになります。保存の期間は5年間です。分院長が交代したあとも、その期間は続きます。
では、取り決めで決める範囲はどこか
ここまでは条文が決めている部分です。院長と分院長の取り決めで決めるのは、その外側になります。条文から逆算すると、少なくとも次の点は、決めておかないと動きません。
- 監督の材料 ── 分院長が見られる情報の範囲。勤怠、シフト、日報、在庫、発注の履歴のうち、どこまでを分院長の画面に出すか
- 診療録の保存の形 ── どこに、どの形式で保存するか。分院長がその状態を確かめる方法
- 掲示の更新 ── 管理者や診療時間が変わったとき、誰が掲示を直すか
- 交代の段取り ── 分院長が管理者を外れるとき、届出、掲示、診療録の保存の引き継ぎを、どの順で行うか
- お金の決裁 ── 材料の発注、修繕、採用にかかる金額のうち、分院長が単独で決めてよい範囲
最後の「お金の決裁」だけは、条文に根拠のある項目ではありません。残りは、条文が置いた義務を果たすために必要な材料です。分院長に権限を渡さないという選択をした場合でも、条文の側の義務は分院長に残ります。渡さないなら、義務を果たすための材料をどう届けるかを、代わりに決めることになります。
まとめ ── 決める前に、決まっている部分を並べる
分院長に任せる範囲は、白紙から線を引く作業ではありません。医療法は管理者に従業者の監督と必要な注意を求め、管理者の氏名の掲示を求めています。歯科医師法は、診療所に勤務する歯科医師の診療録の保存を、その診療所の管理者の義務としています。まずこの部分を並べ、そのうえで残りをどう分けるかを話し合うと、取り決めと条文が食い違う場所が出にくくなります。
参考にした情報源
- デジタル庁 e-Gov法令検索 医療法(昭和二十三年法律第二百五号) ── 第8条、第10条、第12条、第14条の2、第15条
- デジタル庁 e-Gov法令検索 歯科医師法(昭和二十三年法律第二百二号) ── 第16条の2、第16条の4、第23条
上のリンク先は、デジタル庁が運営する e-Gov法令検索の条文ページです。この記事に書いたことは、そこに表示される条文と一つずつ突き合わせられます。条文は改正で変わります。最終確認は、そのときの原文でお願いします。
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