医療法の医療事故調査制度は、大きな病院だけの仕組みではありません。報告の義務は、病院と並んで診療所の管理者にも掛かっています。そして、目の前の出来事が制度の「医療事故」に当たるかどうかを判断するのは、その医院の管理者、つまり院長です。判断する人が決まっている以上、判断の手順は、起きる前に決めておくことができます。この記事は、個別の事故の扱いではなく、制度に沿って院長が平時に整えておくことを並べます。
報告の義務は、診療所の管理者にも掛かっている
医療法第6条の10第1項によると、病院・診療所・助産所の管理者は、医療事故が起きたとき、起きた日時・場所・状況などを、遅滞なく、医療事故調査・支援センター(以下、センター)へ報告する義務を負います。ここでいう医療事故とは、その医院に勤める医療従事者の医療が原因となった、またはそう疑われる死亡・死産のうち、管理者が予期していなかったものとして、厚生労働省令が定めるものです。
厚生労働省の制度の概要の資料は、この制度が医療法の「医療の安全の確保」の章に置かれていて、医療事故が繰り返されないようにし、医療の安全を守ることを目的にしている、と説明しています。資料は、報告の対象を考えるうえで、過誤の有無は問わない、とも注記しています。
「予期しなかった」は、事前の説明と記録で分かれる
医療法施行規則第1条の10の2の2第1項は、報告の対象になる死亡・死産を、管理者が、次の3つのどれにも当てはまらないと認めたもの、としています。
- 医療を行う前に、医療従事者等が、本人か家族に、死亡・死産もありうると説明していた、と管理者が認めたもの
- 医療を行う前に、医療従事者等が、死亡・死産もありうることを、診療録などの文書に書いていた、と管理者が認めたもの
- その医療を行った医療従事者等から事情を聴き(安全管理の委員会を開いているなら、その意見も聴き)、医療従事者等が行う前から死亡・死産を予期していた、と管理者が認めたもの
ここからは筆者の読み方です。1と2は、どちらも「医療を行う前」の話です。起きてから整えることはできず、日々の説明と記録の中にしか残りません。全身状態に不安のある患者さんの処置の前に、どんな危険をどう説明し、それをどこに書いているか。制度の話であると同時に、医院の日常の診療の記録の話です。
判断するのは院長。迷ったら、相談できる先がある
医療事故調査・支援センターを運営する日本医療安全調査機構の医療機関向けのページは、医療事故かどうかを決めるのは医療機関の管理者だと定められていて、遺族の側からセンターへ医療事故として届け出る仕組みはない、と説明しています。
同じページによると、センターは、医療機関が行う判断の参考として、複数の医師・看護師による合議を行い、その結果を助言として伝える相談を受けています。相談の費用はかからず、合議の結果は事例相談用紙を受け取ってから10日程度で連絡する、とされています。助言を受けた医療機関は、それを参考に院内で再検討して最終の判断をします。
ページはさらに、遺族などから医療事故ではないかと申し出があった場合、医療機関には、あらためて該当するかを判断し、その結果を遺族などに説明することが求められている、としています。
報告の前に説明し、調べ、結果も報告する
医療法第6条の10第2項は、管理者に、センターへ報告する前に、省令が定める事項を遺族へ説明する義務を課しています(遺族がいないときや、所在が分からないときを除きます)。施行規則第1条の10の3第2項は、その事項として、起きた日時・場所と状況、調査をどう進めるかの計画の概要、制度の概要、調査で解剖や死亡時画像診断を行う必要がある場合の、同意の取得に関すること、の4つを挙げています。
医療法第6条の11第1項は、医療事故が起きたら、管理者は速やかに、原因を明らかにする調査をしなければならない、としています。施行規則 第1条の10の4第1項は、調査で選ぶ事項として、診療録などの記録の確認、その医療を行った医療従事者から事情を聴くこと、それ以外の関係者から聴くこと、使用した医薬品・医療機器・設備などの確認、解剖、死亡時画像診断、血液や尿などの検査を挙げ、調査を適切に行うのに必要な範囲で選ぶこと、としています。
調査には支えがあります。同じ条の第2項は、管理者が、厚生労働大臣の定める支援団体に、調査への支援を求めるものと定めています。厚生労働省の資料に載っている支援団体の一覧には、日本歯科医師会と都道府県歯科医師会、日本歯科医学会も入っています。調査が終わったら、同じ条の第4項により結果をセンターへ報告し、第5項により、その前に遺族へ説明します。
判断の手順は、安全管理の指針に書いておく
厚生労働省医政局長の通知(令和8年3月31日 医政発0331第72号)は、安全管理の指針に書く事項の1つに、医療事故などが起きたときの対応の基本方針を挙げています。その中身として、管理者が把握した死亡・死産の事例から医療事故に当たりうるものを拾い、必要ならセンターや支援団体の支援を受けながら、当たるかどうかを最後に判断するまでの流れを書くこと、としています。
この流れには、遺族などから「医療事故ではないか」と申し出があったときに、あらためて判断し直し、その結果を説明する手順も含めるよう書かれています。あわせて、判断の結果、その理由、遺族などへの対応を記録に残し、医療機関ごとに期間を決めて保存することも挙げています。
ここからは筆者の読み方です。歯科診療所にも、安全管理の指針はすでにあるはずです(医療法施行規則 第1条の11第1項第1号が、無床の診療所にも指針の整備を求めています)。その指針に、「予期しない死亡があったとき、誰が、何を見て、誰に相談して判断し、どう記録するか」を書き足しておく。起きたその日に一から調べ始めるより、院長自身が落ち着いて動けます。
平時のうちに、院内で整えること
- 安全管理の指針に、医療事故の判断の手順を書き足す。判断する人、見る記録、相談先、記録の残し方を書きます
- 処置の前の説明と、その記録の置き場所を確かめる。全身状態に不安のある患者さんの場合に、何をどこに書いているかを見ます
- 相談先を1枚にまとめておく。センターの相談窓口、都道府県歯科医師会などの支援団体です
- 遺族への説明で伝える事項を、指針の付録に並べておく。施行規則 第1条の10の3第2項の事項です
- 夜間や休日に起きたときの連絡の順番を決める。院長に連絡がつかない場合の代わりの人も決めます
どれも院長の手元で並べられることです。そのうえで、個別の出来事が医療事故に当たるかの判断は、管理者である院長の判断であり、その支えとしてセンターや支援団体の相談があります。当社は医療事故の該当性の判断や法的な助言をしません。迷ったときは、センターや支援団体、顧問の弁護士にご相談ください。
院内のヒヤリとした出来事をインシデントとして記録し、安全管理の指針や手順をマニュアルとして同じ場所に置く道具として、当社は事務長AIを作っています。インシデントとマニュアルは、医院の運営の画面にまとめてあります。
参考にした情報源
- デジタル庁 e-Gov法令検索 医療法(昭和二十三年法律第二百五号) ── 第6条の10、第6条の11
- デジタル庁 e-Gov法令検索 医療法施行規則(昭和二十三年厚生省令第五十号) ── 第1条の10の2の2、第1条の10の3、第1条の10の4、第1条の11
- 厚生労働省 医政局 医療事故調査制度の概要について ── 制度の目的、医療事故の考え方、支援団体の一覧
- 日本医療安全調査機構(医療事故調査・支援センター) 医療機関のみなさまへ ── 判断の主体、センター合議による相談
- 厚生労働省 医政局長通知 病院等における医療の安全を確保するための措置について(令和8年3月31日 医政発0331第72号) ── 1(1)⑤イ・ウ(医療事故の判断の流れと記録)
※ この記事は、上に挙げた資料を当社が確認した時点の記載だけをもとに書いています。法令も通知も改正されます。最終確認は、そのときの原文でお願いします。個別の事案の判断は、センターや支援団体にご相談ください。
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